あえて回り道することで逆に、1から1000を学べる仕組み。

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学習能力を高めるというのは、

 

ひとことで言うと抽象と具体の間の移動力を高めることを意味します。

 

もっとわかりやすくするために、

誰もが関わりある例を挙げましょう。

 

 

たとえば、

 

ほとんどの人は、少なくとも中学・高校時代に

英語を学んだことがあると思います。

 

英語学習の基本は、単語や熟語を覚えることですが、

その単純な作業一つをとってみても、学び方の姿勢に大きな違いがあります。

 

俗にいう、生まれ持った頭の良し悪しではないのです。

 

どういうことか見ていきましょう。

 

 

 

————————————————–ここから————————————————–

 

 

熟語帳に2つの英熟語が羅列されているとしましょう。

 

|

|   ・listen to~ (訳)~を聞く

|

|   ・listen for~ (訳)~に傾聴する

|

 

 

英語学習で誰もが経験するシーンですね。

 

2つの新しい熟語をつきつけられたときに

学習者であるあなたが取る態度は大きく2つにわかれます。

 

世の中のほとんどの人、成長しにくい人がとるのは、

この二つの英熟語とその日本語訳をそのまま丸暗記することです。

 

 

なになに、へー

 

「listen to~」 が 「~を聞く」 でー

「listen for~」 が 「~に傾聴する」 か

 

よしっ、覚えた!

 

大体こんな感じです。

 

実際、学校教育ではそれを良しとしているので、多くの優秀な学生もそうします。

 

もちろんこの方法でもテストで満点は取れますし、

英語の能力自体も少しずつは進歩していきますが、

1対1対応なので、かけた労力以上のものは得られないのです。

 

 

ところが、急成長する人はそういう思考プロセスをとりません。

短期的にみると、もっとはるかにめんどくさいことをします。

 

熟語と訳の羅列を見て、こう考えるのです。

 

 

「ちょ、なんで?」  と。

 

 

事実はわかった。

問題は、いったいなぜ、

「listen to~ が ~を聞く」 という意味になり、

「listen for~ が ~に傾聴する」 という意味になるんだろう?  と。

 

理由がわからない。

理由がわからない。

 

成長力のセンスが高い人は、丸暗記を心底嫌います。

 

理解できないものは役に立たないことを

自覚的であれ無自覚的であれ知っているからです。

 

普通の人が 『これはこういうものだ』として

分った気になって通り過ぎるところさえも妥協しません。

 

 

「listen to~ が ~を聞く」 という意味になり、

「listen for~ ~に傾聴する」 という意味になるのは

どういう原理からなんだろう?

 

そう思って、より根底にある構造や因果関係をとらえようとします。

 

おそらく次に考えるのは、

 

listenの部分は2つに共通しているな。

この単語自体はなんて意味なんだろう。

 

(そして、辞書を引くと・・・)

 

ふむふむ、「聞く」か、まあそうだろうな。

じゃあ、やっぱlistenの次に続く2種類の前置詞が

意味に違いを与えている源泉なんだな。

 

けど、to って「~へ」って意味じゃなかったか、go to とか言うし。

for も「~のために」って意味じゃなかったか。

俺が知らないことがまだあるのかな。

 

(思い込みの可能性を認め、また辞書を引く。)

(成功に不可欠な「素直さ」とはこういう姿勢のことであって、鵜呑みにすることではない。)

 

え、to と for って他にもこんなたくさん意味があるんか!

まじかー、まあしゃあないな・・・

 

で、今回の意味はどれだろう。

お、toはこれっぽいな。

 

[行為・作用の対象を表わして]

…に対して,…に.

 

で、forは・・・

うーん微妙だけど、日本語的に一番近いのはこれかな。

 

[目的地・行き先を表わして]

…へ向かって,…へ行くために[の]; …に入場するために[の].

 

なるほど、そういうことなら熟語がこういう意味になるのはわかるけど・・・

 

けど、こんなん1つ1つ覚えてくって・・・

英語学ぶってそういうもんなん?

 

明らか無理があるだろ・・・

 

(どうしたらいいかわからずかなりのストレスを感じるが、やっぱりあきらめない。)

 

いや、待てよ。やぱそんなはずはない。

何かがおかしい。

何かまだ見えてないものがあるに違いない。

何だろう・・・

 

よし、わからないことだらけだから、

唯一確からしいことから理詰めしていこう。

 

うーん、少なくともこれだけは確かだって言えそうなことはあるかなー

 

まず、根本的に確かなのは、

英語は言語、日本語と同じ言葉だということだ。

 

そもそも言語は意志を伝えるためにあるわけだから、

使うときにいちいち、今回はこの用法で~だなんて意識するはずないよな。

日本語使う時だってそうだし。

 

じゃあ、普段無意識に何をやってるんだろ・・・

 

 

(しばらく考える。)

 

 

あ、わかった。イメージだ!

 

一瞬だから普段意識しないけど、伝えたい何かのイメージがあって

それに対応する日本語を瞬時に出してるんだ。

この伝えたい「意味」というか「絵」というか「イメージ」こそが大事なんだ!

 

英語をしゃべる外人は英語で同じことをしているはずだ。

 

なるほど、考えてみれば当たり前だけどこっちが本質だな。

辞書の用法・分類は後付けってことか。

 

(これがまさに、ぼんやりとだがシニフィエとシニフィアンの構造を理解した瞬間。)

 

なるほどなー、わかってきたぞ。

じゃあ、toとかforって単語があらわす「イメージ」をつかめばいいわけだな。

 

他言語である日本語にわざわざ照らし合わせてるから全て違う用法みたいに見えるだけで、

言葉ごとに根底に流れている共通のイメージみたいなものがあるはずだ。

 

絶対それをつかんでやる。

 

共通のイメージを見出したいんだから、toとforについて

辞書にのってる全用法の共通点のようなものを見つければ、

そっからつめられるかもしれない。

 

よし、とりあえず書き出してみよう。

 

(作業すること小一時間・・・)

 

なるほど、多分これだな。

うん、これっぽい。

 

「to」は、矢印でその先が対象に接しているイメージ。

「for」は、同じ矢印だけど方向性だけを表してるイメージで、

接しているニュアンスはないみたい。

 

日本語であえて表現するなら、

 

「to」は、対象にむけた矢印と、それが対象に「到達」しているイメージ。

「for」は、対象に向けた矢印で、純粋な「方向」だけのイメージ。

 

このイメージならすべての用法をなんとか説明できる。

 

今回の例でいったらこうだ。

 

「listen to~」

→ 「~の方向に耳を向けてしかもその対象に(意識が)接している状態」→ 「~を聞く」

「listen for~」

→ 「~の方向に耳を向ける(到達的な意味は特に含まない)」→ 「~に傾聴する」

 

なるほどなー、そういうことなら納得できるわ。

 

待てよ、念のために今まで習ったtoとfor使う英語表現で、

同じように説明できるか確かめてみよう。

 

・ I leave for Tokyo. (訳)私は東京に向けて出発する。→(方向性だけ表す)

・ I go to Tokyo. (訳)私は東京に行く。→(到達まで意味する)

 

よっしゃ、ばっちりだな。

 

納得納得、あーようやく腑に落ちた。

これでやっと使い物になりそう。(完)

 

 

————————————————–ここまで————————————————–

 

 

 

再現するのにだいぶ苦労しましたが、

これはまさに、私が中学生時代、

初めての外国語と向き合っていたときの思考プロセスそのものです。

誰かに教えられたわけでもなく自然とこう考えていました。

 

もう一度よく見て下さい。

 

どこにも奇抜な発想や、独創的な切り口はありません。

本当に理解しようとすると、必然的にこう考えるしかないはずなんです。

 

英語に限らず、どんなことを学ぶときも

こういう自問自答や思索探究がもはやクセになっています。

 

その習慣は、トレードを学ぶ上で何よりも役に立ちました。

 

 

驚いたのは、大人になってから色んな人と付き合う中で、

 

大きな成果を出している方々はほとんど例外なく

まさに同じようなプロセスで物を考えていたことです。

 

それを知ったときの衝撃ときたら、宝物を見つけたような感慨ぶりでした。

 

 

彼らは、生まれつき記憶力が優れているわけでもなく、

やたら速く本が読めるわけでもないのです。

 

表面的にはなんとなくわかるけど、構造的な因果関係や根底にある原理が

一見理解できないような新しい何かに直面したときに、

どんなにめんどくさくても歩みを止めて、対象を深く理解しようと丁寧に観察し思索する

そんな真摯な態度を、ただただ愚直に繰り返してきただけなのです。

 

一瞬一瞬の世界への向き合い方が、その人の生き方そのものなのです。

 

 

この問題が、根深いのは、

 

短期的には、違いがわかりにくいところです。

むしろ、まったく逆の状況に誤解される危険性さえ含んでいます。

 

なぜなら、短期的にだけ見ると、

前者の安易な態度を選択した方が、賢いかのように見えるからです。

 

英熟語と対応する訳を丸暗記する10倍以上の時間をかけて思索したからといって、

短期の結果としては、同じ2つの熟語を使えるようになっただけなので、

ややもすると後者の方が非効率で愚かだとみなされてしまいかねない。

 

 

しかし、長期的な視点で見るとどうでしょうか。

 

後者のほうは、より根本にある構造を深堀りし、

toとforの根本的なコアイメージを掴んだことによって、

これから何度も出会うであろう

この2つの前置詞を含む膨大な英熟語の集合を丸々体得したも同然です。

 

さらにそこにとどまらず、言語とは何かという体系にまで理解をのばしかけています。

 

 

急成長する人は、こういう仕組みによって

いわゆる「指数関数的に」学びを深めていくのです。

 

 

 

ちなみに、追求して考えたけど、

どうしてもわからない場合はどうするのか?

 

そういうときは仕方なく丸暗記するべきでしょうか?

 

いいえ、解らないものを鵜呑みにしないで下さい。

でも、否定もしないで下さい。

 

わからないものは心にとめておきながら、

いつかわかるその日まで、ただただ保留しておくべきです。

 

根底に流れる原理らしきものが見え、すべてがつながるその日まで。

 

 

知性を高める鍵は、

具体と抽象の間にある繋がりを深めるために、

わからないものを保留している気持ち悪~い状態を我慢し続ける忍耐力なのかもしれません。

 

 

 

hiroaki

 

 

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管理人 : hiroaki (意識の高いFXニート)

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『 複数の時間足それぞれの分析判断を
どのように統合していくか 』

ここに最大の重点を置いて解説していきます。

こんなマニアックでピンポイントな
テーマのブログにたどり着いたのなら、
あなたはもうお気づきでしょう。

トレードについて一通り体系的な知識を学んだら、あとは実際のチャートでマルチタイムフレーム分析のケーススタディをどれだけ積むかがすべてです。

なぜなら、複数時間足の組み合わせは1つとして同じものはなく、表面的な丸暗記は全く意味をなさないからです。

膨大な経験を通して、根底に流れている本質、構造的な原理を理解しない限り、本物の裁量トレードは決して体得できません。

『波形』『ダウ理論』『サポートレジスタンス』『ローソク足形状』を複数の時間足で観察し、

それらを統合的に分析することによってのみ、
優位性の高いトレード判断が可能となります。

目指すべきは、
”シンプル” なのに ”厳密” で ”丁寧” なトレード。

答えは現場にしかありません。

どこまでも美しく、深く広大な相場の宇宙を
一緒に探求していきましょう。

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